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ミスティック・リバーでした

子育て中は、DVDでさえもなかなか観られないものです。
久々に観るぞと息巻いていた「ミスティックリバー」も、途中で息子が泣き出しまして、二人で述べ3回。鑑賞中断と相成りまして、6:30AM鑑賞終了です。

そして、いつもの切なさがやってくるのでした。
悪い人はいないのに、みんないい人なのに、こつこつと毎日を生きているのに、
悲しい展開になってしまう。

そう書いて、ああ、映画はやっぱり文学と一緒なんだなあと思う。
二回目に観ると、きっとまた、監督の仕掛けにため息をつくことができるはず。

さて、ショーン・ペンとケビン・ベーコン、主役もう一人の名前が思い出せない。
ドラマが始まってもわからない。
情けないことに、クレジットを観るまでわからなかった。ティム・ロビンスでした・・・!
好きな俳優なのにわからなかったのが、恥ずかしい~~~~。
えらく丸く膨れて、どんよりとした役回りだったから?
もう一度観ると、そうだよ彼じゃん、声も、彼じゃん・・・・やれやれ。
ティムさま、ごめんなさい。

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文化祭の思い出

教員になってから、中学の文化祭のことをよく思い出す。
2年続けてクラスは映画を作っていた。当時のことなので8mmだけど、脚本からはさみ使っての編集から生徒がやって、作品も評判がよく、悪たれクラスもそれなりに自信をもったものだった。

さて、その脚本だが、役が一人分足りなかった。担当者のうっかりミスで、学級会で配役を決めていて最後に「役がない奴がいる」と騒がれて判明した。担当者はパニックになって固まっていた。今考えれば、適当な役をあとから足したりもできるというものだが、なにしろ中学生だ。

転校生という立場がなす業だったのか、なぜかな、「いいよ、私、役はいいから。」と手を挙げていたのは自分。
3つほど台詞のある役がすでに決まっていた。担当者の「ごめん」という一言で、役の譲渡は成立したのである。

その後、生徒の世間話、台詞にならない台詞をしゃべってる場面にちょこっと顔をだすような役回りを、担当者が思いついて書き加えてくれた。

私はとても目立つのが好きな生徒だったのだ。実は。特に演じるのは大好きで、3回あった小学校の学芸会は、うち2回を一番出番の多い役に立候補して演じていた。自信もあった。それが・・・役をゆずる?ちょっとええかっこしいじゃない?

その理由がなんとなく見えてきたのは教員をするようになってからだ。
小学生の私は、感情表現に壁がなかった。ひとくちで言えばわがまま(クラス会でもいまだに言われる)。良く使えば、正論を通すエネルギーは十分。まあ両親は、ことあるごとに「人の気持ちを考えなさい」と私を諭し続け、私自身も4年くらいからずーっと「今年の目標」に、自主的に「人の気持ちを考える」と書くまでに洗脳、というかしつけられた。

たぶん、それが沁み渡りすぎてしまったのだろうな。中学になるころには、自分のやりたいことも抑えるようになってしまった。転校とか、部活のチームプレーとか、そんな諸々のことも拍車をかけて、なんとなく目立っちゃいけない、ような気分に自分をもっていってたようなのだ。その思いが解放されるのは、さらに7~8年くらいあとだ。

映画の役がなくなって、私の仕事はフィルムのタイトルとエンディングクレジットのレタリングだけになった。「役を演じるより長い時間、フィルムに足跡が残るじゃん」と言いつつ鉛筆を走らせて、気持ちの合理化をはかってたけど・・・配役の名前をひとつ書くたびに涙が出そうだったのに、誰が気づいただろうか。

今、自分を抑えてる「普通の子」「いい子」を見つけると、当時の自分を思い出して胸がしめつけられる思いをする。無論、自分を抑えることで吉とでた部分も大いにあると思ってる。でも、解放しなきゃ見えない可能性や、くすぶる気持ちがあったのも確かだ。親のさじ加減というのは難しい。すでに自分の息子にも、見えない呪文をかけているかもしれない。

きっとたくさんいる自分を抑えている「普通の子」「いい子」。まあね、悪の気持ちはそのまま抑えていただいてかまわないんだけど、自分の可能性に関わる気持ちは、どうにか解き放ってほしい。自分の仕事が、彼らにとって、何かしらの手助けになれたらと思う。自分が、それが可能な位置にいることで、あの頃の自分も少しだけ救われるような気がするのだ。

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