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子供に自分を投影してしまう

クラス編成の話に関連して、保護者と話してて、あるいは自分の子供のことを考えていて、痛感することを思い出しました。

親が子供に自分を投影してしまうということ

 以前も書いたけど、息子の習い事を夫婦で考えていたときに出るネタが、
・親である自分たちがやっていたこと
・親である自分たちが後悔していること  のどちらか。
子育てって、当然なんだけど親の生き方を反映してしまう傾向があるんですね。

 通知表を見て
「親は音楽が良かったのに、この子はなんで?」なんて思ったりしちゃいませんか。
「なんでこんな成績?」とか「まあこんなもんでしょ」って思う時って、親が自分の子供時代のそれを基準にしているんですよね。
そのうえで、勉強にしろ行動にしろ「こうなってほしい」って願いをこめて家庭で育ててきてるわけです。

 したがって、子供が他人からいい評価をされると、子供をほめるのと同時に「がんばって育てた自分」にもご褒美がきたような気分になる。それがまた明日からのエネルギーになったりしますよね。

 逆に、いい評価でなかった場合、親自身が悪い評価を下されたような感じになってしまうんですなあ…。これで子供にも自分にも、心から「がんばろっか!」って言える人はいいんです。なんら問題なく次のステップに進めます。
 しかし、人間には「自己防衛機制」というものがあって、マイナス評価を目の前にしたときに「こんなはずじゃない」って思おうとしてしまう場合が多くありまして…

 実はこれが、教育上(というか、大人自身も含めて人間の成長上)厄介な部分なんです。
子供に対する評価を自分に投影させてしてしまうと、がんばってる人ほど「こんなはずじゃない」という思いが、
・他人(先生、友達など)や、状況(忙しかったとか病み上がりだからとか)のせいにして、自分を守る
・もっとやれるはずだ、と子供を責めたり、塾の時間を増やしたりして余裕をなくさせたりする

方向に行ってしまう。子供の評価=自分の評価にしてしまうから、むきになってなんとかしょうとしてしまうんですね。冷静になれなくなるとき、それは子供を守っているのではなく、親が自分を守っている状況になってしまうときでもあります。 

 これらは人間である以上、ある程度はいたしかたないことなんです。この機制があるからこそ、がんばりすぎた人を「仕方ないよ」って落ち着かせることもできるわけですし、子供の成功=自分の成功と考えるからこそ、生きる糧にもなったりする。
 でも、そうそううまくいくときばかりじゃないです。

 自己防衛機制も大抵は、人と話しているうちに段々客観的に事態を眺められるようになって「ま、がんばろっか」とか「これから変わるわよ」とかって方向に変換していけるんですよね。(これも人間のすごいとこ。)

 だから、子供のマイナス評価をなにかのせいにしたり、責めたりしてしまうケースはやはり、親自身の気持ちのはけ口がうまく機能していない方に多いような気がします…。そういう意味で、家庭円満であることや、親に話相手がいるかどうかっていうのは子供の成長に大きく関わってくると思うのです。(ネットも有効ですよね、こういう場合)

 いずれにしろ、子供は子供で別個の人間なんだということを、親もある時点から考えていかないといけないです。トンビが鷹を生むこともあれば、その逆もあるんだし…。子供の評価が低いことから「親が駄目だから」と卑下してしまうことも違うし。

 子供と一緒になって喜んだり悲しんだりする場面も大事。でも大人として、子供の良い点も悪い点も冷静に見ていくことも忘れてはいけないんだと思います。必要なら叱る。諭す。わかっていても難しい時も多いんですけどね。自分も含めて^^;)))))))。
(よくオットに諭されている妻です)

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ハハの朝帰り!?

送別会シーズンのこの頃…すみません、ハハは朝帰りでした……。

one of 幹事だったから飲むこともあるまいと、会場準備にちょっと早めに車で行ったものの、乾杯のシャンパンbarがあまりにおいしそうで…近くのホテルに泊まる後輩がいたもんだから…とにかくいろんな条件が重なって、すんげー飲みたくて飲みたくてたまんなくなっちゃったのだ!

電話ですmobilephone
「今日、泊まってもいいかなあ」(親に電話かける高校生みたい……。)

オット「明日の弁当あるけど大丈夫?」
ワタシ「!!(゚ロ゚屮)屮 今ので、決心ついたわ。帰る。飲まない。」

というやりとりがあったものの、その後オットからラブリースペシャルなメール。
「弁当なんとかなるから飲んでおいでよ」だって、だって、だって~~~~っ!
(ノ゚Д゚)ノヽ(Д゚ )ノヽ(゚ )ノヽ( )ノヽ( ゚Д)ノヽ(゚Д゚)ノ

早朝帰宅してみたら、なんとまあ、学童保育にもっていく弁当が一人前ちゃーんとできておりました。オット、あんたはえらい!
(写真を撮っておかなかったのが悔やまれます)
(チャーハン弁当でした)

ほれなおしました。はい。

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クラス編成考えてて

春ですねえ。まだまだ寒いですけど、ほら、春休みだから。

さて、自分とこの入学準備もばたばた、ぼちぼちやっておりますが、お仕事の方もクラス編成とかなんとかって時期です。中学ではたいていの場合1年から2年になる時にクラス編成しますよね。生徒たちも2月あたりから話題にしはじめます。

どんなふうに組むのかというと、基本は成績。
クラス間で大きなばらつきがでないように、まずは機械的に分けることが多いようです。そしてその後、学級編成要素を加味していくのですよ~。
たとえば、リーダーの存在。運動能力。ピアノ奏者の存在。人間関係。全体の雰囲気なんかも考えにいれたりもします。

しかしですね、そこで毎年話題になるのが…「保護者からの要望」。
自分も親として、いろいろ気にするとは思うんですけどね…(けどね、ってのは今のところ全く気にしてないから)、子供を思うからこそ出てくる要望なのは、とーってもわかるんです。
「○○さんと一緒にしてほしい」(一緒じゃないと学校にいってくれないかもしれない)
「△△くんとは一緒にしないでほしい」(うちの子が悪影響を受ける)
うん、気持ちはわかるんです。
 それこそ、過去にひどいいじめがあって、一緒にいると縮みあがってしまう生徒がいる、なんて場合はそりゃもう、学校も配慮します。要望がなくても分けますから安心してください。当然!
 ただね、世の中にはいろんな人がいて、自分に対してよく思ってない人とも付き合わなくちゃいけない場面っていうのは多くて、って考えると、多少の人間関係的困難はあって仕方なしと思っていただけると良いのだがな…と思うことしきりっす。それを乗り越えるとか、やり過ごすとか、そういう術も身につけていかないかんだろと、ね。親御さんの心配はすっごくわかるんだけど…無論すべての要望を受け入れるなんてできないし。
 実際に担任や主任にお話しにいらっしゃる保護者はごくわずか。お話にいらした家の子供はというと、結構いろんな環境に適応していくんですよね…。子供は変わる力を持っています。こちらも全力でサポートします。子供が成長する過程では、親もたくさん支えなくちゃいかんのだよな。見守る、話を聞く。親だって心の成長痛は避けられないんだと思うのです。 

ただ、これらの要望はまだいいっす!子供のことをちゃんと中心には据えてるから。
「親同士が不仲で…」
………クラス編成、子供中心で組ませていただいております。

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4月に備えて

次男入学まで1カ月。
3年前と同じく、次男は4月になったら入学前から学童デビュー。そして、長男は学童なしの生活・・・や~~~っ!どきどきだあっ!

昨日、遅いひなまつりパーティをやった席で、ワタシと妹(姪がうちのMと同じ小学校)と、いつもの母とで大相談会
「卒園式の日は…」
「春休みの間は…」
「始業式から、入学式まではさ…」
「入学したら…」
「プールのある日は??」
とまあ、考え出したら何バージョンも必要になってもう…ゆうべ打ち合わせた内容…動き一覧…を、表に書きだしたってな具合です。これはもはや「仕事」だあよ。

卒園式のスーツ(おさがり)合わせた。
最近始めたプールsportsの日程、4月から平日(いとこと一緒の日)に変更した。
あとは
入学グッズに名前つけて、
うわばきとか帽子とか買って、
長男に鍵レクチャーして、
学童の説明会行って・・・・あ~~typhoon

とっとと、自分の仕事を終わらせなくちゃcoldsweats02

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