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「つぶやく」って気持ち悪いんだけどさー

「つぶやく」って、あちこちで聞かれるようになったけど、慣れない。むしろ気持ち悪い…。
webでもラジオでもなんとなく定着してしまった感があるけど、やっぱり使うには躊躇がある。

「つぶやく」ってのは、元来ひとり言であったり、不平不満をぽろりとこぼす時の表現だと思うんだよなあ。結果的に意見交換の手段にはなっていても、それをなぜに「つぶやく」と称するのじゃ??
ツイッター上で、ひとり言をみんなで言い合う…言葉の上だけだと痛~~い!

確かに、授業でもなんでも、ひとり言である「つぶやき」に耳を傾けることが、課題を発展させたり、打開点となったりすることがある。その点では「つぶやき」というものは、効果のある存在だ。

しかしだな…「つぶやく」というのは、純粋にひとり言がついっと口から出てくる「癖」である場合と、「誰か聞いてくんないかなー」っていう気持ちで出てくる場合とがあるでしょ。
この、一人ごとの体裁のくせに誰か受け止めてほしい、って発想見え隠れするのが、なんつうか、なんつうか、いやらしくって、恥ずかしい。

ま、ね。ブログだって、結局のところは長文のつぶやきなんだと思う。
記録したいという欲求は、誰にでもあっておかしくない。
ただし、それを公開するということは、一人ごと=日記の形をとりながら、他者からのレスポンスを期待するわけだから。こういう考えの人間がいると、こういう環境の人間がここにいる、と他者に知ってほしいわけだから。

はっきりと「発信=だれか聞いて!メッセージ」が感じられるブログは潔い。

声高に主張せずに、それでも誰かに聞いてほしい……なんだか都合がいいよね。

されど、ひとり言を誰かに聞いてほしいときだってあるのだ。
檄は飛ばせないけど、言いたいことはある……
いやらしいけど『枕草子』以来の日本人の伝統的表現形態ともいえまいか^^;)))。
・・・察する文化の体現なのか?これは?
「つぶやき」から「察しろ」とな。都合のいい表現方法でもあり、控えめな表現方法でもあり。文芸と芸術と「つぶやき」の境目はなんだ?
言いっぱなしか、責任があるかの違い…か?
思いつきか、計画的かの違いか?

なんか論文書けそうなネタになってきました^^;))))))))))。

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Comments

実に同感です。ひとりでつぶやけばいいのに、要するに、面と向かって言えないから、あるいは遠慮してか、つぶやく。ずるい!

しかし、若い人たちは、「つぶやき」つぃったーのくせに、単なる連絡網、お知らせとして利用する人も多い。特定に人にささやいたことを、全く第3者が聞いて「利用してOK」って感じでしょうか?どうもこっちのほうの使い方、年のせいかよくわからないのです・・・

Posted by: hatt(hattori) | September 12, 2011 at 09:26 PM

★hattさん、こんにちは。
実際の使われ方としては、きちんとコミュニケーションツールとしての体をなしているとは思うんですけど(対象者が限定されている、あるいは不特定多数に対する意識があるという点で)…言い逃げみたいなのは、な~んかいやですね。

世の動向を知りたい側からは「つぶやき」「tweet」程度で大歓迎なんでしょうが、発信する側は、それは決して「意見表明」とイコールではないんだと、わかってないといけないと思うです。

連絡網的使い方って、コワイですよね。わたしもそう思います。自分がストーカーだったら徹底的に分析しちゃいそうです(笑)

Posted by: まりえ | September 13, 2011 at 01:14 AM

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